みどころがありますか知ら。それはそれとして、まあ、この際に、口を衝《つ》いて出て来た、たわごと[#「たわごと」に傍点]を一つ聞いてやって下さい、
「そうら、この大海原《おおうなばら》の波の上で、静かに、安らかに、一生を送りたいという人がありますか……ありましたらいらっしゃい、町人方も、お百姓衆も、お小姓《こしょう》も、殿様も、皆いらっしゃい――どなたか健康を欲する人がありますか、幸福を得たい人がありますか、ありましたら、遠慮なくいらっしゃい、手前共がそれを売って差上げます……」
 この子は、膏薬売《こうやくう》りの口上を聞き覚えて、それを真似出《まねだ》したかも知れない。
 そうでなければ、駒井甚三郎が読む外国の本の口うつしを、うろ覚えにしておいて、それを、ここでそっくり反芻しているのかも知れない。
 だが、いずれにしても、模倣というほどに邪気のあるものでなく、焼直しというほどに陋劣《ろうれつ》なるものでもあるまい。次を聞いてやって下さい、
「皆さん、御承知の通り、高慢、罪悪、恋の曲者《くせもの》、代言人、物事に熱くなる性《さが》、乳母《うば》、それに猥褻《わいせつ》な馬鹿話、くだらぬ
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