出でたのは、施餓鬼《せがき》とお祓《はら》いの翌日のことでありました。
八
その日の夕方、清澄の茂太郎は、般若《はんにゃ》の面をかかえて、房総第一の高山を、すでに八合目あたりまで上って来ました。
その辺まではわきめもふらずに上って来たが、ここで歩みをゆるやかにしたものですから、呼吸もやや平調になったのでしょう。ブレスが正しくなったために、歌をうたいたくなったのだか、何か歌いたくなったものだから、それでブレスの加減をする気になったのか……
とにかく、茂太郎の足がゆるやかになると共に、
[#ここから2字下げ]
一つとや――
人も通らぬ山道を
誰かさんと
誰かさんが……
[#ここで字下げ終わり]
せっかくのことに、勢いこんで歌い出したのに、急に息がつまったもののように途切《とぎ》れて、
「弁信さん、だまっといでよ」
弁信は、なにかにつけて茂太郎の即興歌に、干渉したものです。
それは茂太郎の出まかせの即興が、たとえ純然たる無邪気を以て発せらるるにせよ、内容を無視した形式だけの肉声で、その歌詞が往々飛んでもないところへ外《そ》れるのを、当人自身が悟らないのだから
前へ
次へ
全128ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング