湧き出して来たのはぜひもありません。
あんまり、脆《もろ》い負け方である。ハタキ込みというようなあの手にかかると、相撲にならない先に、わが浜辺の名うての力士たちがひっくり返ってしまう。
この分では総勢撫斬りであろう、余興とは言いながら、毛唐風情《けとうふぜい》のために、浦方すべてが総嘗《そうな》めとは――残念である、業腹《ごうはら》である。
その雲行きを、笑いながら見ていた田山白雲が、やがて今や登場の一力士に近寄って耳打ちをして、腰と手を以て、取り口を指南したのを、マドロスが遠目で見て、
「田山サン、ズルイ」
と叫びました。
田山の指南の結果、その力士は、立合うと、マドロスの最初の一撃を左の腕で受留めると、そのまま組みついて、腰投げに行ったのが見事にきまり、ここにはじめて常勝将軍に土がついたものですから、浦もくずれるばかりの大喝采です。
マドロスの、田山白雲を恨《うら》むこと。
かく、すべてが大陽気である間、田山白雲は、駒井甚三郎に向って、この引揚作業が、おおよそ何日を要するかを尋ねると、十日の予定、遅くとも十五日――とのことでしたから、その間を水郷に遊ぶべく、単身この浦を
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