滑稽なのは、大漁踊りの中へ飛入りをして、ダンスまがいで踊り出した恰好《かっこう》が、大喝采《だいかっさい》でありました。
 ことに言葉がわからないところに、多少の片言《かたこと》が利《き》くものだから、婆様をつかまえてゴシンゾと言ってみたり、漁師の真黒なのをダンナサマと呼びかけたりするものだから、それが一層の愛嬌になってしまいました。
 とうとう、この勢いで、素人相撲に飛入りとして現われた時は、やんや、やんやの喝采が暫くは鎮《しず》まりません。
 ところが、この人気力士が土俵に上ると、意外な離れ業《わざ》を見せたものだから、愛嬌ばかりでなく、あっ! と眼を据《す》えてしまった者があります。
 この浦にも、田舎相撲《いなかずもう》の関取株も来ているが、どうも、このマドロス君の手に立つのはないらしい。第一、仕切り方からして変テコで、こちらは本式に構えるが、先方は、妙な屈《かが》み腰《ごし》をしている。立合うと、ハタキ込みのような手で、組まないさきにこちらがブッ倒されてしまいます。
 ほとんど相撲になるのは一人もないような負けぶりでしたから、浦の漁師連のうちにも一種の敵愾心《てきがいしん》が
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