らえにしては、頗《すこぶ》る整うた、この地方にしては破天荒といっていいほど派手に、施餓鬼とお祓いとが、黒灰の浦で催されました。
 近所の坊さんという坊さんはみんな集まり、神主様という神主様もみんな集まって、読経と、祈祷とに、最も念を入れ、かなり多大なりと覚しいお布施《ふせ》と供物《くもつ》とを持って、大満足で引下りました。
 そのあとで里神楽《さとかぐら》が開かれる。素人相撲《しろうとずもう》が催される。一方では臨時の大漁踊りが催されようというのです。
 そこで、すべてが大満足で、浦々が湧くような陽気になり、その日一日は全くお祭礼気分で、浦を挙げてのこの大陽気である中に、到るところで人気を博して歩いているのは、例のマドロス君です。
 マドロス君は酔っぱらっているのだか、酔っぱらっていないのだか知らないが、その有頂天《うちょうてん》ぶりといったら、自分ひとりが今日の主催者ででもあるような気取りで、はしゃぎ廻って、愛嬌《あいきょう》を振りまいている。
 坊さんの中へも交れば、神主さんとも握手を試みようとし、また婆さん連の中へ不意に面《かお》を出しては笑わせ、娘たちを追い廻しては驚かせ、最も
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