果が、ここに、右の密猟船の引揚作業を企《くわだ》てることとなったので――船全体を引揚げることができないとすれば、その機関だけでも――その熱望が、ついにマドロスを先発せしめ、自分はこうして田山と相伴うて、ここまで集まり来《きた》ったという次第であります。
 来て見れば、高崎藩の旧陣屋を利用した引揚事務所と、その準備とは、自分があらかじめ指図をしておいたのにより、遺憾《いかん》なく進行している。
 水練に妙を得たマドロス君は、先発して、黒灰の浦の船の沈んだ海面を日毎に出没して、たしかに当りをつけてしまった。
 設備さえ完全すれば、船全体を引きあげることも、必ずしも不可能ではないようなことを言う。また潜水夫の熟練なのさえあれば、補助機関だけを取外して持って来るのも、難事ではないようなことを言う。
 しかし、事実はそれほど簡単にゆくかどうか、駒井も決して軽々しくは見ず、引揚げに要する、この附近で集め得らるる限りの人員と、器具とを用意して、黒灰の浦に集め、海岸に幕を張って事務所を移したのは、到着のその翌々日のことでありました。
 その日になると、黒灰の浦は町の立ったように賑《にぎ》わう。
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