よ、ほんとうに嘘じゃねえんだよ、こうして泳いでいるところを……」
二人の少年は、力を極めて、自分たちの目撃して来たことの真実なることを証明せんとしたが、それらは、少年同士の好奇と、恐怖を催すだけで、大人たちにとっては、訴えれば訴えるほど、笑止《しょうし》の種となるだけでした。
「スッテンドウジは、山にいるもので、海へ来るはずのものじゃねえよ」
けだし、スッテンドウジというのは、大江山の酒呑童子《しゅてんどうじ》のことで、それはとうの昔に、源《みなもと》の頼光《らいこう》と、その郎党によって退治されているはずのものです。しかしながらその面影は絵双紙に残って、彼等少年たちの印象に実在しているのでしょう。
かくて、少年たちは、好奇より恐怖が多いせいか、行って見ようとはいわず、大人たちはてんで一笑に附して問題にしないから、根限《こんかぎ》りの二人の宣伝が、ここでは全く無効になりました。そこで少年たちは、自分たちの現に見て来た事実が信ぜられないのを、自分たちの信用が剥落《はくらく》したかの如く残念がり、その宣伝を有効ならしめようとあせりつつ、榊新田《さかきしんでん》の陣屋跡までやって来て、
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