っこんだから、もう一ぺん見てえろ、出て来るところを見てえろ、善さんだか、そうでねえか、見てえろ」
二人は一途《いちず》にその海の面《おもて》を見入ります。
それはマドロス氏が、また浮袋を離れて海に没入した瞬間に於て、次の浮揚期間を待つものでしたが、それでも彼等は、怪物とも、化け物とも見ないで――それを村の鮪取りの善さんなるものと比較対照していたが、浮び出でた時は、決して鮪取りの善さんなるものではありません。
それはむしろ、彼等もその通りに期待していたのですが、再び現われた瞬間を見ると、鮪取りの善さんなるものとは、あまりに相違の甚《はなは》だしかったものですから、二人はあっと仰天し、
「善さんじゃねえ、善さんじゃねえ――大江山のスッテンドウジだ」
かくて二人は、釣竿と、ビクとを宙にして、面《かお》の色を変えて走り出しました。
この二人の少年は、町の方に向って走りながら、宣伝をはじめました、
「黒灰の浦にスッテンドウジが来ているよ」
それを聞く少年少女らは、恐怖に打たれて耳をそばだてたが、大人連はいっこう取合いません。
「大江山のスッテンドウジが、黒灰の浦に来ているのを見て来た
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