した。二人は、砂へ足を吸いつけられたように突立って、件の怪物を遠目にながめ、次に来《きた》るものは恐怖であります。
恐怖とはいえ、それは青天白日のことではあり、呼べば答えるところに、人間の影もあるという安心から、恐怖の次に逃走とはならず、恐怖に加うるに好奇を以てして、海中を見るの余裕があります。
滑稽といい、真剣といい、驚異といい、好奇といい、また恐怖という、要するに一つのものの異なった見方であります。
これより先、房州の海辺ではお杉のあまっ[#「あまっ」に傍点]子が、前世紀の海竜《うみりゅう》を発見して、海岸一帯に一大センセーションを巻き起したこともありました。
今や、前にいう通り、青天白日のことであり、勇敢にして、海に慣れた二人の少年は、あの時のお杉のあまっ[#「あまっ」に傍点]子ほどには狼狽《ろうばい》と、醜態とを現わしませんでした。少なくとも、恐怖と、好奇とを以て、前面に横たわる怪物の正体を見届けようとして、
「何だい、ありゃ」
「鮪取《まぐろと》りの善さんじゃねえけえ」
「善さんは、あんなに頭の毛が赤かあねえぞ、それに、もっと面《かお》の色が黒《くれ》えぞ」
「今、へ
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