彼は駒井の挙動をも不審なりとし、そのビール罎なるものをも珍しとして、馬上から問いかけました、
「何です、それは」
「西洋酒の罎です」
「イヤに黒い、下品なギヤマンですな」
と、一応は夷狄のものをケナしてみるのも、一つの癖かも知れません。
「西洋酒といっても、そう上等な酒ではありません、といって下等というわけでもないです、上下おしなべて飲みます、ビールというやつで、麦の酒です、麦酒《むぎざけ》です」
「ははあ、麦の酒ですか、麦の酒じゃ、熱燗《あつかん》にして飲むわけにゃあいきますまい」
と田山が言いました。
それは、ビールというものが、燗をして飲む酒でないということを知って、そう言ったのではありません。
酒というものは本来、米の精であればこそ、これに燗をして、キューッと咽喉《のんど》に下すことに趣味があるのだが、ばくばくたる麦ではうつりが悪い、ばくばくたる麦酒を、燗をして飲むなんぞは、あんまり気が利《き》かないと思ったものですから、偶然そんなことが口走ったのです。
「燗をして飲む酒じゃない、このまま飲むのだが、これは無論空罎です。これについて面白い話は、嘉永六年にペルリが浦賀へ来た時
前へ
次へ
全128ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング