へ、へ、どうも」
白雲から酌《しゃく》をしてもらって、恐縮しながら二杯三杯と飲んでしまう。その飲みっぷりが相当にものになっているから、白雲も面白いことに思い、
「時に、お前のその絆纏《はんてん》に染めてある仮名文字は、そりゃ何じゃ。さっきから、読み砕こうと思って再三苦心したが、どうもわからねえ、何のおまじないだい」
「へ、へ、へ、これでございますか」
白雲が、さいぜんから気にしていたことの一つは、この若い者の背中に、仮名文字が一列に染め出されている。それは仮名文字だから、横文字と違って、読むに困難はないが、文句そのものが意味を成さないから、白雲ほどのものが思案に余っているらしい。
「これですけえ」
若い船頭には、なまりと外行《よそゆき》の言葉とがチャンポンに出る。
「もっとよく、こちらを向いて見な」
「はい、はい」
背中を向けると、若い船頭の印絆纏《しるしばんてん》――
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「ゆききんのぶみよ」
[#ここで字下げ終わり]
と染めてある、片仮名にしてみれば、「ユキキンノブミヨ」となる。
白雲はそれをながめながら、最初の通りに思案の首をひねる。どう判断しても、
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