廻しにして、鹿島神宮を志すものらしい。
 中流にして、田山白雲は、杯《さかずき》をあげて船頭を呼びました、
「おい、若衆《わかいしゅ》、一つやらないか」
 つまり、利根川の舟の船頭さんであるところの若いのに、杯をさしたものです。
「こりゃあ、どうも」
と、その若い船頭さんが恐縮する。この兄いは、ちょっと、いなせ[#「いなせ」に傍点]なところがある。恐縮しながら水棹《みさお》を置き、鉢巻を取りながらやって来ると、
「兄い、おめえは土地の人か」
 田山白雲が、調子をおろして尋ねてみますと、若衆《わかいしゅ》ははにかみながら、
「へえ、これでも土地っ子には土地っ子ですが、少しよその方へ行って遊んで参りました」
「そうだろう、おめえ、なかなか色男だ、津の宮の茶店でも女共が、お前のことをなんのかんのと騒いでいた」
「恐れ入っちゃいます……ではお辞儀なしに一ついただきます」
 兄いは、白雲のくれた杯を、頭をかきながらいただいて、一杯飲みました。
「遠慮なくやってくれ、舟なんぞは流れっぱなしでもかまわねえ」
「どうも、済みません」
「返すには及ばねえ、いけるんなら、かまわず、盛んに飲み給え」
「へ、
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