》が一首、なければならないことになる。
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昔より今に渡り来たる黒船
縁がつくれば鱶《ふか》の餌《え》となる
ハライソ、ハライソ
サンタ、マリヤ
[#ここで字下げ終わり]
 兵部の娘は、松の木から海を背にしているのですから、黒船を見ることができません。
 小春日和に、散歩気分の充実した面《おもて》を汗ばませて、軽い疲れを休ませながら、
「茂ちゃん、踊ってごらんな」
と言いました。
「踊りましょうか」
「踊ってごらんな、誰も見る人はないから」
「そんなら踊りましょう」
「その砂の上で、少ししめり[#「しめり」に傍点]のあるところがいいでしょう、はだしにおなりなさい、足あとが砂の上につくから。やわらかでいいでしょう」
「ええ、乾いた砂の上より、こっちの湿ったところの方が踊りいいね」
「さあ、誰も見ていないから、思いきって踊ってごらん」
「ええ」
 茂太郎は誰も見ないところで、思いきって踊ることの自由を与えられたことに、至極の満足らしく意気ごんで、左の肩をぬぎました。
 その場合、甚《はなは》だ窮屈と不釣合いとを忍んで、相変らず般若《はんにゃ》の面は放さないのです。
[#
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