かえって地団駄《じだんだ》を踏むのもある。
 だが、バッテイラは下りたには下りたようだが、こちらへ向って、漕ぎ寄せられるような様子もありません。
 黒船は、相変らず悠然《ゆうぜん》として浮んでいる――
 兵部の娘と、茂太郎は、これを他事《よそごと》のようにして、黒船を右にしながら、散歩気取りで、海岸をずんずん南の方へ歩いて行きました――先日海竜が出たあの海岸の方へ。
 二人だけは人心の動揺に頓着なく、黒船をよそに、海岸をふらふらと歩いて、とどまるということを知らないらしいから、放って置けば、また海へ没入してしまうでしょう。
 それに、天気が申し分ない。鮮麗な秋の空、目立たぬほどの積雲が、海上二マイルばかりのところに茫漠《ぼうばく》としている。今日も終日、海上も無事だし、明日のこともまず心配はない。
 でも、今日は二人とも感心に、止まるところを知っているらしい。
 汐見《しおみ》の松のところまで来ると、兵部の娘は、松の根によりかかってしまうと、茂太郎は、少し離れた石の上に腰をかけて、松の枝の間、兵部の娘の振袖の垂れ下っているところから黒船を見ている。
 そこで勢い、即興の出鱈目《でたらめ
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