画帖や、絵巻や、まくりものが、あたり一面に散らかしてあって、室の一隅の草刈籠《くさかりかご》は、大塔宮《だいとうのみや》がただいまこの中から御脱出になったままのように、書き物が溢《あふ》れ出している。兵部の娘が、今ながめている画巻も、その籠の中から引き出して来たものでしょう。
「あたしにも、見せて頂戴な」
茂太郎は、兵部の娘の傍へ、その頬と頬とがすれ合うばかり寄って来て、左の手を無雑作《むぞうさ》に、兵部の娘の肩から首を巻くように廻して、同じ画巻をのぞき込む。
「いやな先生ねえ、なんでもかでも、見る物をみんなかいちまうんだよ」
「何がかいてあるのさ」
「ごらん、なんでもかんでもこの通り、わたしたちのすること、なすことを、みんなかいてしまってあるんだよ」
「見せて頂戴」
「そんなに引張らないで、ここへ置いてごらんな、一緒に見たって、見えるじゃないの」
「あれ、お嬢さん、浜を歩いている後ろ姿があらあ」
「後ろ姿なら、いいけれど、ごらん」
一枚をめくると、
「あれ、お嬢さんがお化粧している」
「そうよ、お化粧ならまだいいけれど、ここをごらん」
「やあ、お嬢さん、裸になって行水をしていると
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