大級の人格を誰にも認められておりましたが、日蓮の社会的地位は比較になりません」
「そうでもないでしょう、あの通り強烈に、時の権威に抗し、一代に活躍した大人物の行為を、誰が認めなかったと言います」
「それは、ある方面を騒がせたり、てこずらせたり、もてあまさしめた強烈なる行動は、その当時の相当の注意を惹《ひ》いたに相違ありませんが、その認められ方、注意の惹き方というのが、到底、法然上人のそれと、比較になるものではありません」
「どうして」
「法然上人という人は、その生ける時に、知恵第一ということを公認されておりました。この知恵第一というのが正銘の意味で、当時の学界を総べての第一人者であったのです。単にその宗門においての第一の学者というだけではありません、あの時代のあらゆる方面において、法然《ほうねん》は第一等の学者でありました。ほとんど生涯を専門の学問に没頭したその道の権威が、その道のことを、法然に教えられねばならなかったということは、事実に違いありますまい。単に学者としてだけでも、法然は当時の最高地位にあって、誰もその地位を争い得るものが無かったのです」
「そうして」
「それから、学者としてでなく、単に社会的地位において、尊敬せられたことも比類がありません。親しく帝王の師となり、法筵《ほうえん》の時は、後白河法皇よりさえ上席を譲られていました。学者だから、社会的地位が高いから、それで偉大なる宗教家だという理由は少しもないが、少なくとも、この二つのものは、日蓮に無いでしょう」
「それは無論です」
と、田山白雲が昂然《こうぜん》として肯定しながら、言葉をつづけました。
「それは無論です、日蓮が朝廷貴紳の寵児《ちょうじ》でなく、東国の野人であることを、いまさら洗い立てをする必要がどこにあります、そんなことは比較になりません、比較したって、なにも、少しも両者の優劣、尊卑、大小に関係したことじゃありません」
「まだ結論に行っているわけではありません、単に、逐一《ちくいち》比較してみようとしているだけのものですから、そのつもりでお聞き下さい」
二
二人は談論に我を忘れて、九十九里の浜辺に馬を歩ませて行きました。
談論に我を忘れているのは、単にこの二人の上ではない。いったい、この二人が九十九里の浜辺に相並んで馬を歩ませているとはいうが、九十九里も長いのに、どの地点を歩ませているのだか、どちらに向って歩ませているのだか、何を目的にここへ出かけて来たのだか、その辺のことが忘れられている。
二人の歩ませている地点は、蓮沼から富浦の間あたりのことで、行手は飯岡の岬、こし方《かた》は大東の岬、かれこれ九十九里の中央あたりのところを東北に向って、つまり飯岡であり、銚子である方面へ向って、静かに進んでいるのであります。
もう少し大ざっぱな数字でいえば、九十九里を四十七里半あたりのところまで、日本里数の十五里と見れば、七里半あたりのところまで進みつつありながらの、以上の会話であります。
二人の歩ませつつある地点はそうだとしても、二人はまた何用あって、この辺まで遠出をしてしまったものか。
それは一口に房総半島とはいうけれど、駒井の根拠地である洲崎《すのさき》の鼻から見れば、ここは数十里を距《へだ》てている地点であります。
さればこそ、二人のいでたちも、あの辺の海岸を、仕事の上や、興に乗じての散歩で往来するのと違い、立派な旅の用意になっているのが証拠ですけれども、その用向のほどは、甚《はなは》だ不可解なものがあります。
第一、二人がこうして、出立してしまった後のことを考えてみるとよくわかる。
造船所の方は、もはや相当に任せきっても、多少の時日は明けられることに心配ないにしても、その遠見の番所の留守宅というものが気にかかるではないか。
こうして、肝腎の二人が出て来てしまったあとの留守のことを想像すれば、二人とても、そう暢気《のんき》に、古今を談じているわけにもゆくまいではないか。
清澄の茂太郎は何をしている、岡本兵部の娘も精神状態が心もとないのに、金椎《キンツイ》は耳が聞えないのに、マドロス氏は言葉が通じない。ことにマドロス氏はややもすればウスノロ氏に逆戻りをするような憂いはないか。
ともかくも、駒井と、田山と、二人のうちが一人だけ残っていればまだ安心なものを、二人が轡《くつわ》を並べて出てしまっては、実際あとのことが思われる。せっかく、泊りを重ねて外出の必要があるならば、駒井は、むしろ田山に後を託して置いて、多少の世話は焼けようとも、マドロス氏あたりを引具《ひきぐ》して来るのが賢明ではないか。
マドロス氏がいけなければ、むしろ金椎でも供につれて来る方がよかった――
だが、そんなことまで心配する必要はあるまい。二人
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