、われわれに感激を与うるものは、すべて、そのものの迫小ということを意味するゆえんとなりますね」
「一概に断言もできないが――刺戟の強いものには、あまり偉大なものはないようです」
「といったところで、それでは刺戟のない、感激のないものが、ことごとく偉大だというわけにはゆきますまい、私は感激の無いところに、偉大性は無いように思われてなりません」
「感激というものは、その偉大なるものが、ある隙間《すきま》から迸《ほとばし》った時に、はじめてわれわれに伝わるので、偉大そのものの方からいえば、むしろ破綻《はたん》に過ぎないと思います。たとえばです、この平々凡々たる大海のある部分に波が立つとか、岩に砕けるとかした時に、人は壮快を感じたり、恐怖を感じたりして、はじめて威力に感激するのですが、こうして無事に相接している時は、いま君の言ったように、海が全く他人ではないのです。外房の波の変化に、君が衷心《ちゅうしん》から動かされたような感動を、ここへ来て受け得られないところに、受け得られないで平々淡々たる親しみを感ずるところに、海の本色と、その偉大さがあるといってもいい。そういう意味において、人間にも、人間のうちの選ばれた偉人英雄といったような種類の人にしてからが、逢うて強烈な感激を受ける人もあれば、逢うて失望こそしないが、案外の平穏に、茫然自失するといったような種類の偉人もありましょう」
「それは、あるかも知れません」
「たとえば――私は、いつぞや君から、日蓮上人のことを鼓吹せられて、全く新しい世界を見せられたように感じました、そして、私の癖として、一応君から教えられたところを追従して、遅蒔《おそま》きながら日蓮上人の研究をはじめたことは、君も御存じの通りです」
「いやはや」
「あれから、僕の研究癖というようなものが嵩《こう》じて、日蓮について、まず現在のところで能《あと》うだけの研究をしてみたつもりだが、日蓮を研究して得たところのものは、やはり君に教えられたところ以上には出でることができなかったが、案外にも、日蓮を研究して、他の大きなものに突き当ったことは、まだ君に話さなかった」
「聞きません――お弟子がお弟子だから、さだめてすばらしい出藍《しゅつらん》ぶりと存じます、どうか、この鈍骨の先達《せんだつ》に、その研究の結果をここで教えて下さい」
「なあに、それほどの創見でもなんでもないのだが、日蓮を知る者は、どうしても法然《ほうねん》を知らなければならない、というの一事を見出しました」
「法然――浄土宗の法然上人ですか」
「そうです、法然と、日蓮とは、他人ではありません」
「これは斬新なお説を承ります、古来、法華と門徒とは、仲の悪い標本の大関ものと見立てられていますぜ。末流が、そういうふうに角《つの》突き合うのみならず、当の日蓮上人が、法然上人と、その仏念に対する義憤と、憎悪とは、あなたも十分に御存じのことと思います。それを根本から覆《くつがえ》す新説を、あなたはどこから発見なさいました、研究家は違ったものです……」
田山白雲は逆襲気味になりましたが、駒井甚三郎は頓着せず、
「ところが法然と、日蓮とは、切っても切れない親子です、法然は慈愛|溢《あふ》るる親であって、日蓮はその血を受けた無類の我儘《わがまま》息子です」
田山白雲はようやく不服の色で、
「さすがに研究家だけに、眼の着けどころが違ったものですね、法然と、日蓮が、他人でないということにも恐れ入りましたが、そのまた法然と、日蓮が、血肉を分けた親子だとは驚き入りました。拙者の方は恐れ入ったり、驚き入ったりするだけで文句はないが、それでは浄土宗と、浄土真宗というものから尻が来ましょうぜ。浄土には浄土の法脈があり、ことに真宗の親鸞上人《しんらんしょうにん》なんて、われこそ法然上人の嫡子《ちゃくし》なり、と名乗りを立てている人をそっちのけにして、にくまれっ児の日蓮上人を養子にしてしまったんでは、名主総代から、親類組合までが納まりますまいぜ」
駒井は、それに就いて言いました、
「だが、何といっても法然あっての日蓮ですよ、法然が、日蓮を産んだということは、途方もない独断に見えるかも知れないが、これは結論を先にして、前提を省いたから君を驚かしたものだろう。ひとつ、順序を追うてみようか。まず……」
田山白雲は、馬上から砂地の滑らかなところを、これに何か描いてやりたいような気持でながめながら、駒井の論法を聞こうとしていると、駒井甚三郎は、前方の海をしきりに見向いて、
「まず、法然と、日蓮とは、地位が違い、性格が違いますね」
「性格の違うのはわかっているが、地位の違うというのは、どう違うのですか」
「生活していた時の、社会的地位とでも言いますかな」
「なるほど」
「法然は、その生ける時代において、最
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