のです。富士は一つ山ですから、上って下ってしまえば、それっきりですが、信濃から飛騨、越中、加賀へかけての山ときては、山の奥底がわかりませんからな。尤《もっと》も毛唐人《けとうじん》にいわせると――毛唐人といっては穏かでないが、西洋の人ですな、長崎で西洋の山好きに逢いましてな、その男に聞きますとな、感心なもので、あの西洋人の山好きは、日本人の歩かない山を歩いていましたよ、この辺の山のことでもなんでもよく知っているには驚かされましたよ。ウエストとかなんとかいう名の男でしてね、それが、あんた、日本人がまだ名も知らねえ、この信濃の奥の山のことなんぞをくわしく話し出されるものだから、若い時分のことですから、すっかり面食《めんくら》ってしまいましたね。その西洋の山好きの男が言うことには、日本はさすがに山岳国だけあって、山の風景はたいしたものには相違ないが、それでも、高さからいっても、規模からいっても、西洋の国々に類の無いというほどのものではない、世界中にはまだまだ高いのや、変ったのがいくらもあるが、そのうちでも、ちょっと類の無いのは、肥後の国の阿蘇山《あそざん》だってこう言いましたよ」
神主さん
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