ながら、無雑作《むぞうさ》に話のきっかけを作ると、それが緒《いとぐち》となり、炉の火が燃えさかると同時に、話がはずみ、話がはずむにつれて人が集まり、おのずから全員出揃いとなって、そうして、相当に節度あり、進退のある閑談の蓆《むしろ》が開かれるのですから、人の集まる時がすなわち定刻で、それは晴雨によって、人々の仕事都合によって、おのずから変化します。
 今日は、お正午《ひる》少し過ぎに、山の神主が来たものですから、すなわちその時が会議の定刻となりました。山の神主は例によって、えびす様そのもののような笑顔をたたえきって、もろもろの話をはじめました。
 下で神主が、もろもろの話をはじめている時分、宇津木兵馬は二階で日記を書いておりました。
 兵馬に感心なのは旅日記を書くことで、不可抗力の際でもなければ、曾《かつ》てこれを怠るということがありません。
 ただ一つの惜しいのは、喜多川季荘ほどの考証癖があるか、せめてお雪ちゃんほどの文才があれば、この旅日記そのものが、後に残るほどの文献となったかも知れませんが、この点において兵馬は全く不用意であり、子孫に伝えようの、後世に残そうのという衒《てら》い
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