したが、もとより何物も見えるのではありません。
「誰だ」
 とがめた時に、この一室が月光のような色に冴《さ》え返って、隔ての襖《ふすま》が紗《しゃ》のように透きとおりました。
 その透きとおる襖をとおして彼方《かなた》の室を見ると(この時は竜之助のみがそれを見るのです)そこに丸髷《まるまげ》に小紋を着た女房が一人、正面を向いて頻《しき》りに着物をたたんでいます。
 尺八を机の上に置いた竜之助は、
「誰だ、そこにいるのは」
 重ねて言葉をかけてみますと、
「ホホホホホ」
と、淋しく、愛嬌のある笑みを見せて、こちらは少しも向かずに、以前の通りの形で、しきりに着物をたたみながら、
「たいそうむずかしい曲を、おやりなさいますね」
「なに」
「むずかしくてわかりません、もう少し砕けたのをお聞かせ下さいな」
「お前に聞かせるつもりで、吹いているのではない」
「それでも同じことなら、もう少しやさしい[#「やさしい」に傍点]のを吹いて下さいませんか、そら、いつかのあのしおの山[#「しおの山」に傍点]――あんなのを吹いてお聞かせ下さいましな」
「お前は誰だ、妙なことをいう女だな」
「ホホホ、お見忘れでご
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