って、いずれに行くやを知らず、萩のうら風ものさびしく地上を送られ行く人間が、天上の音楽を聞いて、これに合わせんとするあこがれ[#「あこがれ」に傍点]が、すなわち「鈴慕」の音色ではないか。
心は高く霊界を慕えども、足は地上を離るること能《あた》わざるそのあこがれ。耳に虚空の妙音の天上にのぼり行くを聞けども、身は片雲《へんうん》の風にさそわれて漂泊に終る人生の悲哀。無限の空間のうちに、眇《びょう》たるうつせみの一身を歩ませて、限りなき時間の波路を、今日も、昨日も、明日も、明後日も、歩み歩みて、曾無一善《ぞうむいちぜん》のわが身にかかる大能の情けの露に咽《むせ》ぶ者でなければ、「鈴慕」の曲の味わいはわかるまい。
けだし、最初の人は、霊感うちに湧いてこの曲を作り、第二の人は、曲そのものを学んでその霊感に触れ、第三の人は、曲そのもののようになりて胡盧《ころ》を描く。
知らず、竜之助はそのいずれの人?
かくて「鈴慕」の一曲を吹きすました時に、感激はないが寂寞《せきばく》はある。
不意に次の間で、
「ホホホホホ」
という女の声がしましたから、竜之助の眼は本能的に、その笑い声のした方へ向いま
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