その好意を有難く受けて、
「どうも飛んだお世話になります、ではお言葉に甘えて、粥を少し、こしらえていただきましょうか、それに梅干の二つもあれば結構でございます」
と答えると、
「よろしうございます、この通りの山の中の冬籠《ふゆごも》りでございますから、お口に合うような物のあるはずはございませんが、何か見つけて参りましょう。よほどお疲れの御様子でございますから、御無理をなされずに、ゆっくりお休みあそばせ」
為めを思ってすすめるものですから、兵馬もその親切に、我《が》を張る勇もなく、
「それでは、御免を蒙《こうむ》るとして」
彼は再び上着をぬいで、寝床に入ろうとするのをあとにして、娘は出て行きました。
この娘が出て行ったあとで、兵馬は、親切な娘だという感じを催すことを、とめることができません。
それにしても、この宿の女中ではない、この宿の娘か知らん、どうも気分がそうでもないようだ。しからば、人に連れられて、この山の奥に冬籠りをすべく逗留《とうりゅう》している客のうちの一人か――
そうだろう、それに違いない。旅は相身互《あいみたが》いで、さいぜんの男の人が看病に来るというのを、女の
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