のを如何《いかん》ともすることができません。
 お雪は、そのことで幻覚に陥っているうちに、つい、いい心持になりました。
 いい心持になって、炬燵にいるうちに、なんとなく泣きたい気持になりました。
 ここで思う存分泣いてみたいような気になっていると、隣室の幻覚のことも耳には入らず、他人の座敷を、わが物顔に、帰ることを忘れているのも気がつかず、なんとなしに、思う存分、甘い涙にひたって、泣けるだけ泣いてみたいような気分で、炬燵に頬をうずめてしまいました。
 ですから、隣室の幻覚は、もうその時分に消え失せて、二人の高話も、ふっとやみ、その中に妙にからまった女の音もきれいに消えてしまい、今までの喧噪《けんそう》が、あるかなきかの世界に変ってしまったことも、とんと気がつかずに、夢のようにしていると、不意に背後に、衣摺《きぬず》れの音がしたかと思うと、早くも、自分の両の眼を、後ろから目かくしをしてしまったものがあります。
「あれ、まあ、どなたですか」
 お雪は全く驚き呆《あき》れてしまいました。
 今までこの宿中で、かなり誰にも親しくしていたが、その親しみというものは、おのずから限界というものがあっ
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