ますね、悪い刀じゃありません、いや、どうして結構なものです、ちょっと、この類の程度はありません――誰ですか、相州の五郎入道正宗ですか」
 仔細らしく、刃文《はもん》の匂いのところを見渡しているが、なおいっこう返事がないものですから、
「違いましたか、五郎入道正宗というところは当りませんか、当らずといえども当り同然のところまでは参りませんか、ただし釣合いはいかがですか、それとも否縁《いやすじ》でございますか」
 ピグミーは、えっさっさ[#「えっさっさ」に傍点]をするような形をして、竜之助の手をゆすってみましたが、やはり返事がないものですから、
「まさか時代違いではございますまい、こう見えても、新刀と、古刀ぐらいの差別はわかりますからな――五郎入道正宗でなければ、越中国松倉の住人|右馬介《うまのすけ》義弘――というところはいかがです」
 しきりに返答を迫るが、どうしても手答えがないものだから、ピグミーも、いよいよテレきってしまって、
「何とかおっしゃって下さいな、当りでなければ当り同然とか、否《いや》でなければ否縁《いやすじ》とか何とかおっしゃって下さらなければ、張合いがございません、相州の五郎入道でなければ、越中の松倉郷、こんなところはいかがです、やっぱりいけませんか」
 ピグミーは、竜之助の小手の上で、足拍子を二つ三つ踏みながら、
「尤《もっと》も……郷と化け物は見たことがない、と人が言いますからな。松倉郷の義弘は享年《きょうねん》僅か二十七で亡くなりました、天成の名人でございます、玄人《くろうと》は正宗以上だと申しますよ。二十七歳で亡くなって、天下の名刀を残した人ですから、刀を打ちにこの世へ生れて来たようなものです、天才ですね、とてもたまらないものです。郷の義弘には、妙所が八カ所ありますが、それを御存じですか」
 ピグミーは、竜之助の、まともに向き直って、彼を動かすに、天才の感激を以てしようとしましたが、その時、竜之助は、
「時代違いだよ」
と言いました。
「えッ」
 ピグミーは、仰山な驚き方をして、
「五郎正宗でなければ、郷の義弘という見立ては違いましたか、当りませんか、否縁までも参りませんか、これは、びっくり敗亡」
 ピグミーは、そこで刀の方に向き直って腕組みをしながら、しきりに地肌や、沸《にえ》の具合を、ながめ入りましたが、
「時代違いとは恐れ入りました、失礼ながら、もう一度、篤《とく》と拝見させていただきたいものです……ええと、長さは二尺二寸五分というところですか、片切刃《かたきりば》で大切先《おおきっさき》、無反《むぞり》に近い大板目《おおいため》で沸出来《にえでき》と来ていますね、誰が見ても、相州か、そうでなければ相州伝、これが時代違いとあっては惨憺たるものです」
 ピグミーは苦心惨憺して、ついに刀の棟へのぼって、その上へ抱きつき、刀の地肌をペロリペロリと二度ばかりなめてみましたが、何かそこで、興に乗じたと見えて、両手で輪を描いて刀の棟にブラ下がり、
「ところで、斬れますかね、これは……切れ味はいかがです、斬りましたか、どんなものです、三ツ胴に土壇払《どたんばら》いというあたりへ行きました? むろん、最上大業《さいじょうおおわざ》でございましょうな。ところでどうです、生きた人間を斬ると、血がどっちへ飛ぶか、それがおわかりですか、斬った人の方へ飛ぶか、斬られた人の方へ飛ぶか……」
 調子に乗ったピグミーは、刀の物打《ものうち》のところまで上って、身を以てからみついたから竜之助が、その刀を一振り振りました。
 前にいう通り、ちょうど物打のところへ来て、ピグミーが抱きついて、かなり増長した語気を以て挑《いど》み立てたものですから、竜之助が軽くその刀を一振り振ると、
「あっ!」
といってピグミーが、二つになって、壁に向って飛びました。
 見ると、正面の壁の面《おもて》に、蠑※[#「虫+原」、第3水準1−91−60]《いもり》を二つに斬ってはりつけたように、ピグミーの身体《からだ》が、胴から上と、下と、一尺ばかり間隔をおいて、二つになって、へばりついています。
 はりついた当座は、ピクピクとして少しばかり動きましたけれど、そのまま寂然《じゃくねん》として、墨汁で点じたもののように、壁にくっついたきりです。
 ちょうど、その時分、長い廊下で人の足音がしたようですから、竜之助はその足音に耳を傾けました。
 廊下の足音は非常に緩慢なもので、且つ忍び足に違いないから、この場合、この人だから、それに耳を傾けたものでしょう。だが、たしかに人が忍んで来ると、こう感づいたのはぜひもないことです。と同時に竜之助は、それがお雪だなと思いました。
 お雪が忍んで来て、ここで泣く――それは今宵に始まったことではない。
 お雪の絶望に似た泣く音《ね
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