れて、その夜を安らかに寝た宇津木兵馬が、どうしたものか、翌日から頭が重くなりました。おびただしい熱が出たのです。
 原因はどこにあるかわかりませんが、広い意味で、傷寒《しょうかん》の一種といっていいでしょう。それにかなりの心労もありますからな。
 熱が出て、体がわなわなとふるえるものですから、兵馬は、強《し》いて起きない方がよいと思いました。幸い、ここは主人の方で取持ちをしようとも、主人に向って気兼ねの必要のない旅籠屋《はたごや》のことですから、よしよし、今日は寝るだけ寝てやろうと思いました。
 熱もようやく高まるし、体のふるえは、寝ていながら歯の根が鳴るようですが、兵馬は強いて起きないと心をきめたものですから、その中に幾分安んずるの心持もあります。枕元の振分けには、いささか医薬の用意もあるが、それにはまだ手も触れません。
 兵馬が度胸を据えて寝ているところへ、北原賢次がやって来ました。
「おや、御病気ですか、それはいけませんなあ」
と北原は早くも、看病する者のなき一人旅の若者に、まず同情の色を見せて近寄ると、
「少し疲れが出たところへ、かぜをひいたものでしょう、たいしたことはありません」
 兵馬は寝返りを打つと、北原が、
「それは何かと御不自由でござろう、お待ち下さい、拙者がひとつ、出直して看病に来て上げますから」
「それには及びません」
 気軽な北原は、独《ひと》り合点《がてん》をして出て行ってしまいました。
 兵馬は、この辺で起き上ろうと思いました。来て早々、人の厄介になるのは心苦しいと感じたからです。しかし、自分の力で、自分をもてあますほどに、筋肉が結滞しているのを感じました。
 若い兵馬は、病気というものを、外気の傷害と見るよりは、自分の不鍛錬の結果と見ることが多いのです。また、今までの教育されぶりが、ほぼそのように教育されておりました。
 人の意志が緊張し、精神が充実している時には、病気は近づかないはずである。それが衰えるから病気になるのだ。つまり、外気よりも内心に責任を置いているのだから、病気という時には、まず何物より自分の意志の薄弱を恥ずるのであります。
 今も、やはりその廉恥心《れんちしん》から、兵馬は、無理をして起きなければならないと感じたのです。かりそめにも、このくらいのことで、自分で自分の始末ができず、宿へついて早々、人の世話になるということの、いさぎよくないのを恥辱として、兵馬は、北原賢次が再度にやって来るまでに、少なくとも床を離れていなければならないと感じました。
 しかし、身を動かしてみると、意外に自分の身体《からだ》のダルさ加減の、いつもと違って甚《はなは》だしいのに驚かされ、起きて衣裳を改めてはみたが、ほとんど自分の身体が持ち切れないほどのめまいを感じましたから、じっと心を締めて、形ばかりの床の間に向って、結跏《けっか》を組みはじめました。
 ここで兵馬は衣裳を改めて、床の間を前に端坐して、この、まだるい、悪寒《おかん》の、悪熱《おねつ》の身を、正身思実《しょうじんしじつ》の姿で征服しようと企《くわだ》てたのらしい。
 しかし、寝ていてあれほど悪かったものが、起きて襟《えり》を正して端坐してみたからとて、そう急に納まるべきはずもありません。そう急になおるほどのものとすれば、誰も好んで寝ているものはないでしょう。兵馬はあらゆる緩慢悪寒の不快をこらえて、正身の座を崩しませんでしたが、五体のわなわなとふるえるのを如何《いかん》ともすることができません。
 ここで熱い湯を一杯も飲んだなら、そうでなければ冷水の一つも振舞われたら、時にとってのよい点心《てんじん》になるかも知れない、と思ったけれど、あたりに鉄瓶《てつびん》もなければ、火鉢もない――ああ、やっぱり寝ていた方がいいなと思いました。

         五

 そこへ、
「ご免なさいませ」
と入って来たのは、北原ではなく、髪を洗い髪にして、後ろに結んだ妙齢の一人の女の子であります。
「はい」
「おや、もうお起きあそばしましたか、御病気だそうでございますが、およろしうございますか」
「ええ、どうやら、よくなりましょう」
 どうやら、よくなりましょう、というのは、かなり苦しい言いわけでしたが、兵馬は事実、苦しい言いわけをするほど苦しいらしい。
「お休みなすっておいであそばせ、北原さんが御看護においでなさるとおっしゃるのを、わたしが代って上りました」
「それはそれは、どうも少し疲れたものですからな」
「ここに、熱いお湯と妙振出《みょうふりだ》しがございますから、熱いのを一杯召上って、お休みなさいませ」
 渡りに舟である。病気そのものが渇望していたところのものを、棚から牡丹餅《ぼたもち》的に与えられたことの喜びが、兵馬の苦痛を和《やわ》らげずにはおきま
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