せんとすればするほどに、人をして、一種の哀感を加えしむるに過ぎないほどの光明を、それでも行燈子自身は非常に得意がり、自己眩惑に酔うているようであります。かわいそうに、飢えたる者が酒を飲ませられて、それで腹が満ちたりと喜んでいる。それよりか悲痛にして、なお滑稽なのは、抜からぬ顔で行燈から出て来たピグミー先生で、得意の鼻をうごめかしながら、
「どうです、この方が、ズッと景気がよいじゃありませんか」
しかも、机竜之助は何とも答えません。
「先生」
ピグミーは、恐る恐る竜之助の膝の方に近よって来ました。極めて小さいから、顔面の神経はよくわからないが、その挙動によって見ると、何の事だ、人間界の卑怯者と、諂諛《てんゆ》の者とが得てして行いがちの、狡猾《こうかつ》な、細心な、そのくせ、妙に洒然《しゃぜん》として打解けたような物ごしで、膝の傍へ寄って来たが、刀の鞘《さや》の方から遠廻りをして、腰へ近づいたかと思うと、いきなり、刀の下げ緒の結び目を、両手でしっかりと抑えてしまい、
「エヘヘヘヘ」
と、薄気味悪い追従笑《ついしょうわら》いをしました。
「何だ、何をするのだ」
竜之助も、彼が挙動の卑劣さ加減に、呆《あき》れたものらしい。
「エヘヘヘヘ、おあぶのうございますよ、無暗にお抜きになってはいけません、ただ手入れをなさる分にはかまいませんが」
「あぶないと思ったら、そっちへ寄っていろ」
ピグミーを振り飛ばすと、竜之助の刀が、スルスルと鞘を出でました。
「さあ、事だ」
もんどり打ったピグミーは、一間ばかりかなたへ飛んで、そこへペタンとかしこまると、さも大仰な表情をして、両手をついたものです。
そんなものには取合わず、竜之助は刀を拭いはじめました。打粉《うちこ》をふって、例のやわらかな奉書の紙で、無雑作に二度三度拭うているのを、ピグミーは仔細らしくながめて、
「結構なものでございますな、お作は何でございますか、郷《ごう》ですか、なるほど、郷の義弘でございますか」
出しゃばり者め、問われもしないに知ったかぶり。
竜之助に取合われないものですからピグミーは、少しばかりテレたが、尺とり虫のように身を屈すると見れば、早くも刀の手もとまで飛び込んで、竜之助の柄《つか》を持っている左の手を足場にして、仔細らしく刀身の上をのぞき込み、
「ははあ、五《ぐ》の目《め》乱《みだ》れと来てい
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