要は無かったではないか――
六
呼びかけると思った女が、呼びかけません。追従し来《きた》ると思った人が、追従して来ないのみならず、影と、形とが、見ゆべきところから消え去っています。
この案外には、兵馬が手脚《しゅきゃく》を着くるところなきほどに惑乱しました。
われに追従して来なければどこへ行く――この場合、その方向転換の目的が、人の身として考えても、自分に比べて考えても、皆目わからないのであります。
行くところの道を失えば、当然、その帰結は自暴《やけ》のほかにありません。
自暴――女にとって、その恐るべきことは、破滅を恐れないのでわかります。しかし、その点は心配するほどのものはあるまい、処女ではないのだから。処女でないのみならず、商売人なのだから。自暴《やけ》のために身をあやまる時代はすでに過ぎている。
しかし――という余地はないはず。その切れ味の鈍《にぶ》いところが、それがいけない。
よろしい、去る者は追えない。拗《す》ねる者をあやなす引け目もないはず。
一処にその未練を残すから、万処がみな滞るのだ。
進むに如《し》かず――さりながら、兵馬は一
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