、この道行も、ワザと離れ離れのよそよそしさを、兵馬自身から仕向けていたのではないか。
まあ、最初のかかり合いから言えば、戸惑いとは言いながら、自分の座敷へころがり込んだ、あれが間違いのもとなのだから、相当の責任感をもって、この女のために証明の役目も果し、浅間の元の主人のところへ落着けてやるまでは、旅の道草としても、意義のないことではないと思って、頼まれるままに、浅間へ送り届けることだけは、引受けたに違いない。
だが、あぶない。女がなかなかのあだものであるだけに、またその道の玄人《くろうと》だけにあぶないものだ――先方があぶないのではない、こちらがあぶないのだ。
ここに至って、兵馬の懸念《けねん》と、不安とが、まともにぶっつかって来ました。
「冗談《じょうだん》をいってはいけません」
歩きながら兵馬はこう言いました。
「冗談ではございません――あなたには冗談に聞えるかも知れませんが、わたしは真剣でございます、命がけでお願いしているじゃありませんか」
「そういう頼みは聞かれない」
「では、わたはどうなってもいいのですか、どうすればいいのですか」
「それまでは考えていられない、浅間へ
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