れは頭の恰好《かっこう》が、また少し変てこになりました。剃《そ》り上げて百姓にしてみたけれど、気がさしてならない。まして夏でも寒いという木曾のあたりを通ってみると、剃り慣れない頭へ風がしみてたまらないらしい。そこで髻《もとどり》を以前の通りにクワイの把手《とって》にしてみましたが、前髪のところに、急に毛生薬《けはえぐすり》を塗るわけにもゆかないから、熊の毛か何かを植え込んだ妙な形のハゲ隠しようなものを急ごしらえにして、ゴマかしてあるようです。しかし、ゴマかし方が器用なものですから、ちょっと見には誰も気がつかないから占めたものです。
 かくて、臨川寺の方丈の上で、道庵先生と、僧形《そうぎょう》の御同職(仮りに)とは相対して、酒をくみかわしながら、寝覚の床をつるべ落しにながめて閑談をはじめました。僧形の同職が先以《まずもっ》て言いけらく、
「いかがでござる、道庵先生、木曾街道の印象は……」
「悪くないね」
 道庵が仔細らしく杯《さかずき》を下へ置いて、
「第一、この森林の美というものが天下に類がないね……尤《もっと》も、ここに天下というのは日本のことだよ、日本だけのことだよ、同じ天下でも支
前へ 次へ
全373ページ中316ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング