っしぐら》に走り出しました。
 どこを当てともなく走《は》せ出しましたが……このいい残して置いた言葉は無理です。
 道庵先生、いかに神医なりといえども、いつどこで探し出されるか知れないものを、そのあてどのない尋ね人を探して来るまで、死ぬべきものを死なさずに置けとは、米友の注文が無理です。
 扁鵲《へんじゃく》もそう言っている、「越人《えつじん》よく起すべき者を知って之《これ》を起す」
 しかし、無理であってもなくても、火の玉のようになって飛び出した米友を、如何《いかん》ともすることはできません。
 坂をかけ上ると、そこで、土地の人のふるえながら語るのを聞きました。
「尾州様の、お山係りの殿様が水にはまっておしまいになった、医者を、医者を、とおっしゃるけれども、尾州様の御家中の脈をお見せ申すような医者が、この宿《しゅく》にはござらねえ、山竹老へ持ち込んだら、おぞけを振《ふる》って、もしやお見立て違いをしては首が危《あぶ》ねえといって、逃げてしまった、藁火《わらび》をたけとおっしゃるが、ここは山里で藁というものがござりましねえから、今、畳をむしりこわしているところでございますよ」
 それを
前へ 次へ
全373ページ中312ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング