術を用いなければならなくなりました。
今や、少なくとも、その三度目の失敗を繰返したとは、われながら歯痒《はがゆ》いことの至りだ。しかも以前の時は自分も放心していたとはいえ、道庵先生の方に放漫の罪が多い。米友の虚に乗じて、道庵が出し抜いたといえばいえる。少しの間なりとも虚を見せたのは、自分の落度といえば落度だが、その虚を覘《ねら》って、友達――ではない、切っても切れぬ同行のつれを出し抜くのは、道庵先生も情が薄いといえば薄い。しかし、今度は違う、自分は今見なくてもいい熊を見て、そうして、つぶさなくてもいい暇をつぶしてしまっている。その間、先生は待っていてくれる約束になっている。つまり自分は熊胆を取って来いといわれたけれども、熊を見て来いとは言われなかったのである。それにもかかわらず、早く取って帰るべき熊胆を取って帰らずに、見なくてもいい熊をぼんやりとしてみとれてしまった。
ああ、これは申しわけがない。軽井沢や、浅間の時は、十のものなら七までは先生の出し抜きが悪いかも知れないが、今度のことは、十のものが十まで自分の落度だ。こんなに長く熊を見ているんではなかった――
米友はこの十分の責任
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