うだい、堅気のところならよかろうじゃねえか」
「堅いところがございましたら、お世話を願いたいものでございます」
 こんな話をしながら辻のところへ来ると、家並《やなみ》の角に一つの辻ビラがありました。
 道庵は、そこに馬を止めて、まぶしそうに辻ビラを打ちながめて、
「ははあ」
とうなずきました。
 上に「大岡政談」と筆太《ふでぶと》に書いて、下に何かゴテゴテと書きつらねてあります。
 よく見ると、「大岡政談」の「岡」という字が、変則に書いてあるものだから「衆」という字に見えたがって、一歩読みそこなうと「大衆政談」になります。
 もし、これが昭和の二、三年頃であったら、道庵先生も直ぐにそれを「大衆政談」と読んで、ははあ、これは普通選挙だなと呑込んでしまったかも知れないが、大衆というような文字は、そのころ流行《はや》らなかったものですから、苦もなく「大岡政談」と読んだものの、文字の書き方に気をつけねばならぬものだと考えました。
 しかし、これが、つい間違えて「岡」という字を「衆」という字に似せてしまったのなら格別、わざと企らんで「衆」という字に焼き直したのなら、卑しむべきことだとも考えました
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