大軍|徒渉《とせふ》、水、湯の如し
未《いま》だ十人を過ぎずして
二三は死す……
[#ここで字下げ終わり]
と断続して、「且《しばら》ク喜ブ、老身今|独《ひと》リ在リ、然《しか》ラザレバ当時瀘水ノ頭《ほとり》、身死シテ魂|孤《こ》ニ骨収メラレズ、マサニ雲南望郷ノ鬼トナルベシ……」と、急転直下、朗読体に変って行ったのが、白日の浴室の中に、恨みを引いて糸の如し、と見れば見られないこともないのです。
果して、お雪ちゃんはその日一日を、源氏の間で暮してしまいました。
暗くなって帰る時、ちゃんと竜之助のそばへ行燈《あんどん》をつけて、自分の部屋へ帰り、そこでまた行燈をつけて、炬燵《こたつ》のうずみ火を掻《か》き起して、やぐらの上へ頬ずりをするほどに身を押しつけてしまったくらいですから、別段、あわてた素振《そぶり》も、うろたえた様子も見えません。
けれども、そこで、ぐったりとして、改めて仕事にかかろうでもなし、別に蒲団《ふとん》をのべて寝ようとするでもありません。
じっと、炬燵櫓《こたつやぐら》の上に身を押しつけたままで、動くことさえがおっくう[#「おっくう」に傍点]のように見えました。
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