れを賑《にぎ》わしたあの子が、めっきり引込思案になってしまったのは気になるよ」
 そこで二分間ばかり話が切れ、
「あの娘は看病に来ているんだよ――病人を連れて来てるんだね、その方が忙しいんだろう」
「え……病人を連れて、あの久助という老人のほかに、あの娘に連れがあったのかい」
「あったにもなんにも……だが、誰もまだ同じ宿にいながら、その人の姿を見た者が無いんだ、よほどの重体で枕が上らないんだろう」
「なるほど……その看病でお雪ちゃんが出て来られないのだな」
「多分、そんなことだろうと思う」
「それは何人《なにびと》だろう、あの娘の身うちの者か、それとも……」
「さっぱり正体がわからないんだ、また、強《し》いて尋ねても悪かろうと遠慮もしているが、とにかく、身内の者には相違あるまい」
「近親の看病のためにふさいでいるならいいが……万一ほかの事情であの娘の性格が一変するようでは、かわいそうだ、あんな性格の娘は、どこまでもあのままで保護存養して行きたい」
「そうでなくてさえ、このごろは番人がヒヤヒヤしている、飛騨の高山の者だというあの油ぎった後家《ごけ》さんと、その男妾《おとこめかけ》の浅吉と
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