せいかも知れません。
 二度目に気がついた時、与八もさすがに驚かされてしまいました。
 何ということだ、この絵馬には人間の生首が描いてある。しかもその生首とても、尋常一様の小児のたわむれではない、相当の分別ある人が描いたもので、しかも梟物《さらしもの》になって、台の上へのせられているところの図にまぎれもありませんから、血のめぐりの悪い与八も、驚かないわけにはゆかなかったものです。
 いたずらにしても、イヤないたずらだ。それをまたお松さんが、後生大事《ごしょうだいじ》に、風呂敷に包んで持って来たのは、どうしたわけだろう。それをまた、あの行届いた人が、こんな人の踏みそうなところへ置きばなしにして、忘れてしまっているらしいのも合点《がてん》がゆかない。と、ここに至ってはじめて与八は、お松のお松らしくない物の扱い方を考えてみる気にもなったようですが、どうしても、これはあやまらなければならない。
 と、風呂敷へ包み直して、そこへ置きましたが、さいぜんの食事の時のお松の言葉といい、こんな不意のイヤなハズミといい、何となく物を思わせられるような晩であると、急に立つ気もなく、胡坐《あぐら》を組んだまま
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