のを立てさせたのです。
なにゆえに、ことさらに、こんな、格別、形勝の地ともいえないところへ――ことに、ほとんど街道に沿うて――この街道は、江戸からいえば、大菩薩峠に通ずるの甲州裏街道であり、こちら方面からいえば、江戸街道であるが――この物淋しい野中の街道の、人家には程遠いところへ、何の縁故で、お松が与八にすすめてお地蔵様を立てさせたのか。
それにはそれで、なるほどと思われる理由があるのです。つまり、このところこそ、十九年以前に、与八が何者かの手によって捨てられたところで、同時に何人《なんぴと》かの手によって拾われたところなのです。捨てられるのと、拾われるのは、大抵の場合、ほぼ時を同じうしていなければならぬ。
与八を捨てたのは誰だかわからないが、拾った人はよくわかっている。わかり過ぎるほどわかっている。机竜之助の父の弾正《だんじょう》が、江戸からの帰りがけに通り合わせて、捨てられてからまだ二時《ふたとき》とは経たない間に、それを拾い上げて、その時も今と同じように、弾正は江戸から馬で来て、拾うのは従者に拾わせたが、自分が抱き取って、沢井まで馬に乗せて連れて来たものです。
それから後
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