。
それと同時に、足一歩、青梅の宿に入れば、身は全く武蔵アルプスの尾根に包まれて、道は全く奥多摩渓谷の薬研《やげん》の中を走ることになっている。
ですから、青梅鉄道という十数|哩《マイル》の私設の小鉄道の電車が、青梅の宿から東へ、次の河辺《かべ》という駅まで走る途中、東北の方を車窓から見ると、そこに地平線の立つ一カ所がある。北海道を除いて日本内地では、天と陸とが一線を引いて相接するところは、おそらくこの一カ所の沿線のほかはないだろうと思う。少なくとも、汽車電車の車窓から眺め得る範囲で、月の入るべき山もなし、という地平線を見られるのはここのほかになかろうと、著者の貧弱なる旅行の経験が教える。それは秩父連山の尾根が青梅あたりで尽きて二里、狭山《さやま》の丘が起るまでの間。
お松は、今その武蔵野の地平線の立つあたりを、東北に向って馬を歩ませて行くのです。そこで、前途は渺茫《びょうぼう》たる海原《うなばら》へ船を乗り入れて行くような感じもしないではないが、翻って見ると、秩父の連峰、かりに名づけて武蔵アルプスの屏風《びょうぶ》が、笑顔を以て送るが如くたたずんでいる。
しかし大江戸の真中へ
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