たとえば、歌わんとする思想があって、それが十七文字になり、三十一文字《みそひともじ》なりに現われたり、感情があって、しかして後に平仄《ひょうそく》の文字が使用されるのだが、あの子供のは全然それが逆に行っています。つまり、思想と、感情と、文字が、節調を作るのではなく、節調が、思想と、感情と、文字とを駆使《くし》するのですから、まさに詩歌の革命です。ところが、あの子供はその重大な革命を、無邪気な放漫を以て、尋常一様の遊戯として取扱っているところが奇妙でたまりません」
「なるほど――」
「まあ、今度、ひとつある機会に、それとなく、あの子供のでたらめの歌を聞いていてごらんなさい、そうでなければ、管笛を弄《もてあそ》ぶところを隙見をしていてごらんなさい、節調が――音律が、言語と、文字と、思想とを、縦横に駆使する離れ業《わざ》を、当人自身に悟られないようにして、聞いてみてごらんなさい、とてもめざましいものですよ」
「音律のことは、それがしには、よくわからないのですが……」
といって駒井は、やはりその蘆管というものには、耳をすますことを忘れないで、
「その蘆管というのは、ただの笛ですか」
「蘆《あし
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