「ああ、海竜があの塔婆《とうば》の浜のところへ出たよ、こんな角《つの》を二本|生《は》やしたのが」
 海女《あま》は後ろの方を指さした手を、あわただしく自分の額《ひたい》の上にかざして見せました。
「海竜って、何なの」
「海の中にいる魔物さ、海の中にすんでいるおろち[#「おろち」に傍点]のことだよ」
「だって、何も見えないじゃないの」
「海ん中にいるから見えないけれど、底をくぐってどこへ出るか知れやしない、そこんとこらあたりへ角を出すかも知れないから、早くお逃げなさい、一緒に」
「何かの間違いじゃないの……」
「間違いどころか、たしかに見たんだよ、こんな角を二本生やした恐ろしい海竜」
 海女は二度まで、指を額の上にあてがって、その形をして見せ、しきりに自分の恐怖を、相手方に移そうとつとめるらしいが、兵部の娘にはいっこう利《き》き目《め》がなく、
「それよりか、お前さん、この浜で十歳《とお》ぐらいになる男の子を一人見なくって、清澄の茂太郎といって、可愛らしい子なのよ、そうして歌をうたうのが上手な子供」
「知らねえ、そんな子供を見るどころの話か」
 海竜の恐怖で唇をふるわせるだけで、こうし
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