でしょう――そこへ、すかさず第三の波。
 茂太郎の立ち姿が、もはや水平の上に見えなくなったのも無理はありません。
 見えなくなったのみならず、いつまで経っても浮いて来ないのであります。
 ここで、この子供は、完全に海に呑まれてしまったことがわかります。
 だが、これも、さほど心配するがものはありますまい。今夜は別に暴風というほどでもない、むしろ滅多にはないほどに、海は和《やわ》らかなのであります。
 そうして、山神奇童の茂太郎は、山に入って悪獣毒蛇を友とすることができるように、海に入っても魚介《ぎょかい》と遊ぶことを心得ているのだから、今夜の、この静かな海の中の、どこへ沈められたからといって、豚の子のように、沈みっきりになってしまう気づかいは絶対にありません。
 そのうちに、どこぞへ浮いて来るに相違ないから――どなたも心配をしないで下さい。

         十二

 茂太郎が陥没して、まだ浮き上らないところの地点の、忍冬《すいかずら》の多い芝原に、そんなことは一切知らないで、一人の太った労働女が現われて、
「どっこいしょ」
と言い、重い荷物を背中からドシンと、その芝原の上に卸《おろ
前へ 次へ
全373ページ中120ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング