に源氏香が散らしてある。
「めっきり、お寒くなりました」
「寒くなったね」
室の主というのは机竜之助であります。竜之助も同じような丹前を羽織って、片肱《かたひじ》を炬燵の上に置いて、頬杖《ほおづえ》をしながら、こちらを向いて、かしこまっておりました。
何を考えるでもなし、考えないでもなし、白骨の湯にさらされて、本来|蒼白《そうはく》そのものの面《おもて》が、いっそう蒼白に冴《さ》えているようなものだが、思いなしか、その白い冴えた面に、このごろは光沢というほどでもないが、一脈の堅実が動いていると見れば見られるでしょう。例の五分月代《ごぶさかやき》も、相当に手入れが届いて、底知れず沈んでいること、死の面影《おもかげ》のようにやつれていることは、以前に少しも変らないが、どこかにかがやかしい色が無いではない。
お雪ちゃんは、前へ廻って、そっと炬燵《こたつ》のふとんを開いて手を入れてみて、
「まあ、先生、すっかり火が消えてしまっているじゃありませんか、お呼び下さればいいのに」
と言いました。この娘は自分の炬燵が冷めたのに驚いて、他のことを心配して、ここへまで調べに来て見ると、これは全く火の
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