がらせをやるにきまっている。もしかした差しさわりで、今晩来なければ明日、つまり江戸へ着くまでの間には必ず、何か皮肉な仕打ちで現われて来るに相違ない。
 してみれば、それに対するの応戦計画として、こちらにも了見がなければならないと、意地張り出したのがよけいなことです。
 お角は、その晩、どうしてやろうかと思いました。
 向うの、いたずらの裏を行って、こっちがほかの男と枕を並べて見せて、忍んで来た奴の立場を失わせたら、痛快だろう――だが、差当って、その相手に選ぶべき役者がない。
 ともにつれて来た若いのなんぞを使ってみたのでは、子供だましにもならない。
 お角の、いたずら心が挑発されて、せっかくのことに、がんりき[#「がんりき」に傍点]のために、思いきった濃厚な当てっぷりを見せてやろうと、むらむらしたが、どう考えてもこの場合、相手に選ぶべき役者がない。
 そうこうしているうちに、踏み込まれでもした日には、台なしだ。こいつは一番――どうしてくれよう。この際、早急に、ふざけたいたずら[#「いたずら」に傍点]者に閨《ねや》の外で立場を失わせ、今後をきっと慎《つつし》ませるような手きびしい狂言はないものか――この、さし当っての狂言の選択には、お角もてこずってみたが、とうとう名案が浮ばず、旅の疲れがおっかぶさって、ついうとうとと夢に入ると間もなく熟睡に落ちて、眼をさました時分には、夜が明けていました。
 全く無事で、がんりき[#「がんりき」に傍点]のが[#「が」に傍点]の字も聞えず、今日もいい天気で、障子の外に老梅の影が、かんかんとうつっている。

         十

 果して、お角の想像にたがわず、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百は、たしかに小田原の町へ乗込んでいて、お角がまだ床を離れない時分に、早くも八棟《やむね》の外郎《ういろう》に、すました面《かお》で姿を見せたのがそれです。
 この男が、南条、五十嵐の手先となって、案内者ぶりをしているのは、今にはじまったことではないが、このごろでは、どうやら山崎譲の方とも妥協が出来て、ずいぶん、その方の御用もつとめているらしい。
 当人は、のほほんで、両方のお役に立ち、その間に自慢の女漁《おんなあさ》りと、旨《うま》い汁を吸うつもりでいるらしいが、相手が相手だから、いつまでも、そんな虫のいい商売が続くものではなかろうが、こっちも
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