け目を見せないところが、可愛いといえば可愛いところだ。ことにその引け目を見せない結び目から、やきもち[#「やきもち」に傍点]がころがり出すなんぞは、いっそう可愛らしいところだ――と、お角がにやりと、小気味のよかりそうな思出し笑いをする。
 なるほど、それはその通りで、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎、女には飢えていない面をしていながら、やきもち[#「やきもち」に傍点]を焼きたがるものだから、お角から、こう見くびられても仕方のない理由はある。
 お角がことに笑止がっているのは、お角と、駒井甚三郎との間を、がんりき[#「がんりき」に傍点]が、ひどく疑ぐっている。お角は海山千年の代物《しろもの》だし、駒井はああ見えて、あれでなかなかのろい[#「のろい」に傍点]殿様だから、内実はどんなふうにもつれ合っているのだか、その辺は知れたものでない。
 秘密というものは、一つ疑えば、いくつも疑えるものだから、その辺から、がんりき[#「がんりき」に傍点]がいい心持をしていないらしく、時々、両国の控え宅へおとずれて見える時も、どうも気がさして、なんだか、自分のほかに先客がありはしないかとさえ、気が置かれる――その神経が少し尖《とが》り過ぎて、先日は田山白雲に於て見事に失敗した。
 こいつは色男じゃねえ――とばかばかしくもあったり、ホッと胸を撫で下ろしてみたりしたのは、ついこのお角の留守中のことだから、それはお角の知ろう由もないが、とにかく、がんりき[#「がんりき」に傍点]が自分に対してやきもち[#「やきもち」に傍点]を焼いているということが、お角をして、多少得意がらせていることは確かです。どうです、わたしの方が役者が一枚上でしょう――といったような優越感が、この女の負けず嫌いを満足させて、悪い心持にはさせていないようです。
 この辺で止まっていればよかったのですが――お角も、女だけに、もう一歩進んだのがよくありません。つまり、こちらの強味に乗じて、先方の弱気をからかってやろうという気になったのです。どっちみち、こうなると――それは、そそっかしい女中の間違いだか、果して、がんりき[#「がんりき」に傍点]のいたずらだか、どちらだか、まだしかと突きとめた次第ではないが、お角はもうそうに違いないときめてしまって、がんりき[#「がんりき」に傍点]の奴、いつもの伝で、夜中時分に忍んで来て、いや
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