術を用いなければならなくなりました。
 今や、少なくとも、その三度目の失敗を繰返したとは、われながら歯痒《はがゆ》いことの至りだ。しかも以前の時は自分も放心していたとはいえ、道庵先生の方に放漫の罪が多い。米友の虚に乗じて、道庵が出し抜いたといえばいえる。少しの間なりとも虚を見せたのは、自分の落度といえば落度だが、その虚を覘《ねら》って、友達――ではない、切っても切れぬ同行のつれを出し抜くのは、道庵先生も情が薄いといえば薄い。しかし、今度は違う、自分は今見なくてもいい熊を見て、そうして、つぶさなくてもいい暇をつぶしてしまっている。その間、先生は待っていてくれる約束になっている。つまり自分は熊胆を取って来いといわれたけれども、熊を見て来いとは言われなかったのである。それにもかかわらず、早く取って帰るべき熊胆を取って帰らずに、見なくてもいい熊をぼんやりとしてみとれてしまった。
 ああ、これは申しわけがない。軽井沢や、浅間の時は、十のものなら七までは先生の出し抜きが悪いかも知れないが、今度のことは、十のものが十まで自分の落度だ。こんなに長く熊を見ているんではなかった――
 米友はこの十分の責任感で、木曾の福島の駅を西に向って道庵を追いかけましたけれど、かなりのところで、その姿を見かけることができません。
「おいらの先生はどうしたんだ、みんな、おいらの先生を見なかったかい――馬に乗ったおいらの道庵先生」
 こう呼びかけながら、まっしぐらに、しかしびっこ[#「びっこ」に傍点]を引いて、彼は全速力で走りましたが、誰も要領よく答えてくれる人はありません。また米友も足をとどめて、要領よくそれを聞きただす余裕もありません。彼は走りながら、叫びつづけました、
「おいらの道庵先生――馬に乗った道庵先生、下谷の長者町の十八文の道庵先生」
「もしもし」
「何だい」
「休んでござりまし、木曾お六|櫛《ぐし》買ってござりまし」
「要《い》らねえ、要らねえ」
「おみやげに桜皮のたんじゃく、墨流しのたんじゃく、お買いなさんし」
「おかみさん」
 そこで米友が立止まって、これこれこういう人体《にんてい》の仁《じん》が通らなかったかということを、米友としてはかなり気を落ちつけたつもりで尋ねると、物売屋の女房が、
「ほんに、そういった御仁《ごじん》なら、たった今、西東の方へおいでなったのっし」
「西東へ?」
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