か、それを白状おし」
「これは驚きました」
「言わないとこうだよ」
 お絹は、そのゾロリとした羽織の紬口をひっぱったその上へ、火のかたまりをあてがったから、金の野郎驚くまいことか、
「白状しますから御免下さい」
「さあ、言っておしまい」
「白状致します、白状は致しますが、それをお聞きになって、あなた様がお気を悪くなさるといけません」
「冗談《じょうだん》じゃない、お前のようなおっちょこちょいの、のろけを聞かされたって、ドコの国に、気を悪くなんぞする奴があるものか」
「では申し上げちまいますが、それは、あの実は、両国の女軽業の親方のお角さんから拝領の品なんでございます」
「え!」
「そうらごらんなさい、あなた様、お気を悪くなさるんじゃございませんか」
「知らないよ」
「だから、最初から申し上げないこっちゃございません」
「ばかばかしいにも程のあったものさ、このおっちょこちょいに、こんな羽織を恵むなんて――ほんとうに、見世物師でもなけりゃ出来ない芸当だ」
「それにはね、それで、曰《いわ》くがあるんですから、まあお聞き下さいまし」
「曰くなんぞは聞きたくないよ」
「まあ、そうおっしゃらずにお聞き下さいましな、拙《せつ》がこの羽織をいただくまでには、涙のにじむような物語があるんでございますよ、あだやおろかの話じゃございません」
「何にしたって、こんな羽織は、この野郎には過ぎ物だよ」
「そう、おっしゃられては二の句がつげませんが、実はごしんさま[#「ごしんさま」に傍点]、なぐられ賃ですよ、なぐられ賃に、お角さんからこの羽織をいただいちまったんでございますよ」
「よく殴《なぐ》られる男だねえ」
「しかも、その殴られっぷりが、あなた様のなんぞとは違って、ずいぶん手厳しいものでございましたからね、一時は、息の根が止まるかと思いましたよ、命からがら、両国橋まで逃げのびて、そこでやっと、息をついて命拾いをしたような始末でございます」
「ふーん」
「それから、二三日前に伺いますてえと……」
「まあ、それほどの目に逢いながら、またずうずうしく出かけたのかい」
「なあに、さすがの金公も、暫くは敷居が高うございましたが、あの親方が、熱海から湯治《とうじ》帰りと聞いたもんですから、恐る恐る伺ってみますと、そこは江戸ッ児ですから、さらりとしたもので、以前のことなんぞは忘れて下すって、金公、この間は
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