うに書いて出したそうですが、あんなことを書くと、笑われますよ」
「わたし、そんなことを書きましたか知ら?」
「は、は、あなたは、ツガザクラという植物を知らないのでしょう」
「ええ」
「あれは高さ四五寸の、灌木《かんぼく》というものだ、四五寸の植物の下を人間が通れますか、生物知《なまものじり》を書くと笑われますよ」
と言って山の通人が、ある晩のこと、炉辺に人が集まった時を見越して、わざとお雪ちゃんに向って、こんなことをいいましたから、お雪は真赤になって、
「そうでしたか知ら?」
自分は、そんなことを書いた覚えはないのに、この通人は、わざと人前で、聞えよがしに言うのは、ツマリ自分の知識のほどを、人に見せつけたいという根性が、ありありと見え透きましたから、一座の人も、何となく不愉快に感じましたが、お雪は強《し》いてそれを争おうともしませんでした。
山の通人は、いよいよソリ身になって、
「そんなに恥かしがることはありませんよ、この間も、馬琴の小説の常夏草紙《とこなつぞうし》というのに、多摩川の岸に、大和なでしこ[#「大和なでしこ」に傍点]が咲き乱れていると書いてあったから、わしがウンと笑っ
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