く歩けたものだな……ナニ、足はなかなか達者だよ、西郷はあれで、あのズウタイで、乗物に乗らず、わらじばきで、前ぶれもなしにさっさとやって来ては、またいつのまにか帰ってしまう、だから、せっかく西郷に逢いたがっていたものが失望する……失望はいいが、そう軽々しく出歩いた日には、あぶなかろう……そこがつまり、一種の機略だろう……大びらに西郷江戸に来《きた》るとなれば、江戸の天地が、安政の大地震以上に震動するかも知れない……ははあ、薩摩の陪臣《ばいしん》一人が出て来ると、江戸の天地が、安政の地震以上にゆれるとは大仰だ……西郷という男は、それほどエライ男かい、あれも人気者じゃないかな……薩摩というものを背負って、大舞台を睨《にら》んでいるその形に呑まれて、大向うがやんやと騒ぐだけのもので、事実、人気ほどの英雄じゃあるまい――長州の大村、同じ薩摩でも大久保あたりの方が、実力はズンと上だといっている……
こんな途切れ途切れの言葉を、七兵衛は夢うつつに聞いておりました。
つまりこの頃、右の薩摩屋敷に、西郷なるものが乗込んで来ているという噂《うわさ》。
八
信濃の国、白骨《しらほ
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