「いつ、お前は、薩摩様のお出入りになったんだ――?」
「いつだって、おじさん、近いところにいりゃあ、いつ、どうした便宜で、お出入りになるかわかるまいじゃないか」
「お前に限って、そうしたはずじゃなかったなあ」
「だって、おじさん……」
「いったい、お前は、この薩摩屋敷に巣をくう浪人たちのために、せっかく苦労してこしらえた財産を奪われたその恨みで、こんなところへ来て、そのかたきを取返すのだといって、力《りき》んでいたはずじゃないか」
「それは、それに違いないけれど、おじさん、商人は腹を立てちゃ損だということが、このごろわかってきたよ」
「なるほど……」
「そりゃあ一時は口惜《くや》しかったが、今となってみれば腹を立つだけが損で、本当の仕返しは、やっぱり算盤《そろばん》の上で行かなけりゃ嘘だと、つくづく思い当りましたよ。喧嘩をしないで、お得意にしちまえば、盗られたものを、楽に取り返すことができまさあね」
七兵衛は、徳間《とくま》の山奥で砂金取りをしていたこの少年を見出だして以来、そのこましゃくれた面憎《つらにく》い言い分に、いつも言いまくられる癖がある。十五や十六の歳で、金儲《かねもう》
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