三百女郎としか踏めねえ」
 ニヤリと、皮肉に笑いました。
 その絵は、供をつれた奥女中の一枚絵で、あんまり上等の浮世絵とはいえない。英山、英泉あたりの末流の筆に成って、彩色だけは人目をひくように出来ている。
 けれども、このことから七兵衛は、江戸城の大奥の間取りを見て来てくれ、なんぞとたのまれたことを思い出したものですから、わざと、そのつまらない浮世絵が、当座の興味を惹《ひ》いたと覚しく、コツの三百女郎にしか踏めないという奥女中の浮世絵も、腹も立たないで見ていました。
 七兵衛は、美術眼があるわけでもなんでもないが、奥女中は奥女中らしい気品とうま味が出ないものかなあと、淡い不満をいだいてこの絵を見ているだけのもので、頭の中に往来するのは、やはり昨晩、あれからこれまでの、自分のした仕事の吟味と、咀嚼《そしゃく》とであります。
 だが、やはり、七兵衛の眼は、その奥女中の一枚絵に向ったきりでありますから、よそから見れば、相当のたんのうなる鑑識家が、批評的にこの絵を吟味しているとしか見えないのであります――
 おれはいったい、美人と、美人画では、誰のがいちばん好きなんだろう。上代のことはいわず
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