ょっと左へ寄ったうしろ、それが二の御門で、その裏が吹上の御庭構え。この門に、番人の気配のないことを見定めて後顧の憂いを絶ち、それから左前面に、こんもりとした紅葉山《もみじやま》をまともに見てから、その眼を右へ引いて行って、これが西丸……その西丸と、紅葉山との間を、七兵衛は暗いところから睨めているらしい。
『御宝蔵』はちょうど、その西丸と、紅葉山との間のところにある。
それと相対《あいたい》した前面が御本丸。ここまで来て見ると、天地の静かなことが案外で、征夷大将軍の城内をおかしたとは思われない。田舎《いなか》の広い鎮守《ちんじゅ》の森にでもわけ入ったような心持で、番人などはいないのか知らと思われる。いても急に出合うような弾力性のではなく、お役御免に近い老朽が、どこぞに居眠りでもしているのだろうとしか思われない。
しかし、何といっても征夷大将軍の本城である、その鷹揚《おうよう》なのに慢心してはならないと、七兵衛も、七兵衛だけの用心をして、容易にそのお薬園の茂みを立ち出でようとはしないらしい。それと一つは、まだ今晩のは瀬踏みに過ぎない。あわよくば進めるところまで進んで、本丸を突き抜いて、
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